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   プロボクサーという職業 vol.2|ボクシングの裏側 大橋会長×八重樫東インタビュー

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リング上で激闘を見せるプロボクサー。彼らが日々の鍛錬を行うのはボクシングジムだ。その中でも開業20年余りで世界王者を複数人生んだジムが横浜にある。かつて1990年代に天才ボクサーとして知られた大橋秀行氏が立ち上げた「大橋ボクシングジム」。今年3月まで日本プロボクシング協会会長を並行して務め上げた大橋氏はどのようにボクサーと接し、彼らに最適な相手を見つけ、そして日本のボクシング界をどう発展させようとしてきたのか? 3階級制覇を成し遂げた名ボクサー・八重樫東とともに新たなボクシングジム像について語ってもらった。



横浜駅きた西口から歩いて数分、飲食店が並ぶ街並みを超えた一軒のビルの2フロア。エレベーターが開けば、そこはすぐ世界に通ずる“虎の穴”となっている。 

大橋ボクシングジム・・・川嶋勝重、八重樫東、井上尚弥。

ジム創立の1994年から、3人の男子ボクシング世界王者を輩出。女子に幅を広げれば宮尾綾香も世界王者に仕立て、そして現在は井上尚弥の弟で東洋太平洋スーパーフライ級王者の井上拓真、ロンドン五輪銅メダリストでプロ転向した清水聡が所属する。現在日本国内のボクシングジムの中で、一大勢力になっていると言っても過言ではない存在だ。


そのジムを立ち上げたのは、ジムの名も刻まれている大橋秀行会長だ。大橋氏は地元である神奈川の協栄河合ジムでボクシングをはじめ、高校・大学とアマ時代に実績を残すと、日本有数の名門であるヨネクラボクシングジムで己の才能を磨いた。デビュー時から「150年に1人の天才」と呼ばれた現役時代は、軽量級とは思えぬハードパンチでWBA、WBC世界ストロー級(現ミニマム級)王者を手にした。24戦19勝12KOの実績を残しボクシンググローブを置くと、その後は地元・横浜で指導にあたる。また2010年から2016年3月まで第11代日本プロボクシング協会会長も務め、文字通り国内ボクシングのトップとしての任務を果たしてきた。



「ジム創設から23年ですからね。23年なんて、あっという間でしたけど・・・」大橋会長は、自らのジム経営について切り出した。

今回のインタビュー前日が誕生日だったということもあり、取材前に関係者からバースデーケーキがプレゼントされる一幕があり、「ケーキ、うれしいですね!」と柔和な表情を浮かべる姿からは、自らが世界王者となり、現在はその世界王者を育てる会長職を務めていることは想像しづらい。


視線の先にいたのは、大橋氏とともに対談に応じてくれた八重樫だ。



八重樫は相手との激しい撃ち合いも辞さず戦うファイタースタイルで「激闘王」との異名を持ち、ミニマム級、フライ級、ライトフライ級の3階級を制覇し、34歳の現在も一線級で戦う。21世紀初頭を代表する日本人ボクサーと言って過言ではない。



「僕は5、6年間ずっとフィジカルトレーニングをやっていて、機材の使い方のノウハウがあるので、どう使われるかが任されてるんですよ」(八重樫)



「そうそう。僕が現役の頃とは時代が違うからね。彼は栄養管理、練習量など現役ボクサーでは本当にスペシャリストだから。そういったことも次世代の選手に伝えてもらいたいと思うので。全て信頼しているんですよ」(大橋会長)



かつて大橋会長は日本ボクシング屈指の名門、ヨネクラボクシングジムに在籍していた。当時は計量後の試合直前に「体力と闘争心をつけろ、ということで血が滴る肉を食べていましたが、今は栄養補給として炭水化物をしっかり食べることが徹底されました。時代が進んだということですね」と、かつての牧歌的な時代を懐かしそうに振り返りつつも、ボクシングジムの経営、そしてボクサーの裏側について語ってくれた。



ボクシングジム会長の業務は多岐にわたる。まずは所属ボクサーそれぞれの現状を見極めることだ。毎月1回給与が振り込まれる社会人などとは違って、プロボクサーはあくまで“個人事業主”である。生計を立てるためには公式戦で戦い、ファイトマネーを手にするしかない。



「ジムには様々な境遇の選手がいます。例えば王者にまでなるような実力者ならトレーニングのみに集中することができますが、ファイトマネーだけでは生活できない選手は、飲食店などでアルバイトしながら練習に励んでいる選手も数多くいます」



そんな各選手のコンディションを把握しつつ、現時点での実力を見据えてマッチメイクも行う。それに加えて大橋氏は日本協会会長を務めていた。

「ボクシング協会長は立候補するか推薦で、あんまり選挙ってやらないんだけど。僕は9年前に具志堅用高さんと一騎打ちになって選出されたんですよね」

その重責を担った大橋会長は、女子ボクシングの解禁、スーパーミドル級以上の日本ランキング創設にも動いた。その多忙の合間を見計らってジムに姿を現すと、真夏かのような熱気に包まれているジムが、さらにヒートアップするのだという。



「会長はジム経営はもちろん、選手の試合を組むマッチメイクもありますし、会長がジムに来て練習を見ると、周りの雰囲気もいる時といない時では変わるので、そのくらい存在が大きいと言うか」(八重樫)



「そうだね、そこは意識しているところ。自分もヨネクラボクシングジムにいた現役時代、米倉(健司)会長がいるときも全然違った。だから意識的にやってたりもするんで」(大橋会長)



「ここのジムにきて12年経ちますが、そういう意味では会長のタイミングとかは阿吽の呼吸で分かりますね。」(八重樫)



「彼は世界チャンピオンじゃないですか。普通ならそんな選手に対して人前では怒ったりしないんだけど、わざと八重樫だけに怒ってます。それは阿吽の呼吸だから(笑)」(大橋会長)



この言葉からも分かるように大橋氏が「絶対の信頼を置いている」世界王者に上り詰めた八重樫は、入門当時から“従来のジム”とは違う雰囲気を感じていたという。



「ボクシング界の会長さんって、いわゆる昔気質の方が多いんです。でも大橋会長は、すごく頭の柔らかい方なんだなっていうのは最初に思いました。突飛というか、抜けてることをしたりとか、そういうのはすごいなあと・・・」(八重樫)



「突飛と言われるとはね(笑)!」(大橋会長)



八重樫が“すみません”とばかりに頭を少し下げたが、ふたりとも笑顔を浮かべつつ、大橋会長はこう続けた。



「でも確かに、時代に合わせなきゃいけないし、変化しなきゃダメだと思っています。あんまり固定観念にとらわれると、変化していかなきゃいけないんです」



例えば大橋が協会で取り組んだ活動の一つとして、ジュニア層のボクシング大会開催である。ボクシング競技人口を草の根レベルで増やすことが「絶対に必要」と大橋会長の肝いりで始まった大会は盛況に沸いた。そして発掘した才能の一人が井上尚弥だった、という副産物も生まれている。



プラスになるかもしれないことは、まずは行動してみる。大橋会長のスタイルは八重樫らの背中も押しているという。



「僕はたぶんボクサーの中でもいろんなことをやっていると思うんです。そのチャレンジに対して会長は『おお、やってみよう』ってプッシュしてくれるんです。会長は頭がすごく柔軟なので、固定観念がなく、何がいいか悪いかって判断をしつつ、僕の意志をちゃんと見て頂いているんだと思うんです」(八重樫)



会長の仕事をこなしながら、固定観念を持たずにいる大橋会長。それは前述した働きかけ以外に、最も重要な仕事の一つであるマッチメイクにもある。

マッチメイクとは、所属ジムのボクサーの対戦相手を決めるもの。少し力の劣る相手を当て続けて“箔をつける”ことがあるのではないか、という先入観を持ってしまいがちだが、大橋ジムの場合は、そこからすでに真剣勝負が始まっているという。



「マッチメイクはすごく自分の意志と会長の意志が合致することが多いので、そういうのは12年間変わってないかなとは思うんですけど・・・」こう八重樫が前置きすると、矢継ぎ早に大橋会長も決め方について、あっけらかんと教えてくれた。



「実はそんなに深く話さないで決めているんですよね。例えば『こんな相手いるけど、どうする?』って言ったらボクサーが『やります!』。そんな感じですよ(笑)。でも、そこでちょっとでも躊躇したら、試合をやらせないですね。二つ返事でないということは、どこかに疑問を抱えているということですから」

その象徴的なマッチメイクと言えば、ボクシングファンの中で今でも語り継がれている、2014年9月のロマゴンこと、ローマン・ゴンザレス戦だ。壮絶な撃ち合いの末に八重樫にとって初のTKO負けを喫し、WBCフライ級王座から陥落する苦い結末となった。それでもこのマッチメイクをしたことは、今でも後悔がないようだ。



「もちろん怖さはあるんですけど、逆に(ロマゴン)食ったらチャンスじゃないか。そう考えたんです」(八重樫)



「そうだね。生きる伝説がいるんだったら、それと戦わない手はないからね。会長として、もちろんボクサーにとって1敗は大きいんですけど、八重樫の戦いぶりを見ると、タダでは負けないなというのも見せてもらった。ホントにやってよかった。八重樫というボクサーの価値を挙げる一戦になったと思います」(大橋会長)



ただ、と続ける。

「必要以上にダメージが大きかったね。スリッパのままジムから帰っちゃったり(笑)」(大橋会長)



「そんなことありましたね(苦笑)。結構引きずりましたから」(八重樫)



ボクシング漫画「あしたのジョー」の最終回、主人公の矢吹丈がリング上で灰になるあまりにも有名なシーンがあるが、八重樫もロマゴン戦後に相当なダメージを負っていた。



「うちの奥さんにも『八重樫君、やめさせた方がいいんじゃない?』って真面目に相談されたことがありましたからね。あの時、数週間は様子がおかしかった」(大橋会長)



衝撃的な敗戦を喫したボクサーには、心身のダメージを考慮して一線を退くという選択肢は常に考慮されるところだ。しかし「自分を信じて努力するマジメさ、ハードな練習を焼き切れる」と大橋会長が評する八重樫の潜在能力をもう一度信じてみることもまた、会長としての役割である。



ここでも大橋会長は持ち前の柔軟性を発揮した。

いや、語弊を恐れずに言えば、常識外れのマッチメイクをしたのだ。



「でもすぐ再起戦があったんですよ・・・(笑)。3ヶ月後だったかな」(八重樫)



2014年の年末、井上尚弥の王座返上によって空位となったWBCライトフライ級王座決定戦に挑戦するという決断を下した。



「人間って休むとね、回復するんですね」とは大橋会長の言葉で、八重樫に闘争心を取り戻すためにあえてこのマッチメイクをしたのだという。この試合は敗戦してしまったものの、1年後の2015年の年末にはIBFライトフライ級王座を獲得。3階級制覇を成し遂げる一歩につながったのだ。


独特のマッチメイクで八重樫を世界チャンピオンに導いた大橋会長だが、「昔より世界チャンピオンも出しやすくはなっているんだけど。ただ、世界チャンピオンになっても、昔ほどいい思いはしていないんですよ」と、ボクシングの世界チャンピオンは昔ほどの栄誉に浴していないことも指摘する。



これは一般的に“王座が乱立している”と見られがちな状況にも理由があるのかもしれない。現在日本で認められている世界王座はWBA、WBC、IBF、WBOの4団体である。しかし以前、日本で認められている王座はWBAとWBCの2つだけだった。日本ボクシングコミッションがIBFとWBOを世界王者として認定したのは2013年のこと。大橋会長がJBCの会長も兼務していた頃に起きた“改革”だった。



なぜ、2団体を新たに認めたのか。それはある偉大なチャンピオンが強さを発揮していたことが大きな理由となっている。大橋会長はこう語る。

「現在、衛星放送などで世界中のボクシングを目にする機会は増えていますよね。その中で強さを発揮していたのはマニー・パッキャオでした。その強打でWBCだけでなくIBF、WBOの王者も手にする様子が日本でも放映されて“なぜこの2つも王座として認定しないのか?”との声がありました。

パッキャオといえば2015年に行われた『世紀の一戦』、フロイド・メイウェザーとのWBA・WBC・WBO世界ウェルター級王座統一戦が非常に有名だが、パッキャオの勇敢な戦いぶりに触発され、まだ強いボクサーがいるなら戦うべきではないか?」と大橋会長の思いもあったからこその決断だった。

その一方で団体が増えた分だけ王者が乱立してしまうとの指摘もある。大橋会長はそれを認めつつも、その王座を取りまとめるほどの絶対王者が出てきてほしいと希ってもいる。

「昔、世界チャンピオンというと周囲が『お~すごい!』ってなったけど、今はそうでもないという現状があります。僕が25年前にチャンピオンになった頃は、Jリーグもないし、メジャーリーガーもいなくて、ボクシングだけが世界チャンピオンっていうイメージでした。でも今は、サッカーや野球選手が世界で戦うことが当たり前になった。その中でボクシングは4団体に増えたことで、逆行してるところもある。その状況で世界王者をどう光らせるかというと、チャンピオン同士、名前のある同士が戦うことです。そういう風にしてかないと、ボクシングが生き残る道はないと思っています」



時代の変化に対応するのは、ボクシングジムの会長でも同じ。若き才能を日々目にすることが多い大橋会長、そして彼らの突き上げをバネに闘争心を燃やす八重樫は「昔に比べてマジメな選手が多いですよ」と話すと同時に、若者に向けてのメッセージをこう発信している。



「ネットやケータイによって、世の中ものすごく変わったじゃないですか。それは今後も同じで、自分たちが想像できないくらい強烈に時代が変わっていくんだと思います。その中で普通の勉強だけでなく、色んな技術、スキルを身に付けていないとこれから間違いなくやっていけないと思いますよね。例えば会長職で言えば人脈などもそうだし、自分のために備えていかないと。激変する時代に“勝てる勉強”をしていくことが間違いなく大事だと思う」(大橋会長)



「確かに。会長の言ってた準備は大事ですよね。適応力や対応力、そして自分でアンテナを張って生きていくとすごく視野も広がるでしょうし、自分にとって有益なものがたくさん身の回りにあることに気付くと思います。それこそ人脈もそうですし、人とかご縁とか、アンテナを張っていないとないことなので、生きていく上では視界が狭くならないように広い目線でしっかり情報収集できるアンテナを張って生きていくのが必要ですよね」



勝てる勉強と、情報収集するアンテナ。この2つはボクシングジムだけでなく、組織を回す際に必要なスキルとなる。



「毎回毎回それやってたら大変なんで、大勝負のときだけね(笑)」



こう大橋会長は冗談めかし、八重樫も笑みを浮かべた。

20年間で日本有数のボクシングジムに成長した根源にはアイデア、そしてボクサーとして闘い続ける姿勢があるのだ。



REPORTER:SATOSHI SHIGENO

PHOTOGRAPHER:YOSHIFUMI SHIMIZU

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