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   ヒップホップシーンに帰還したラッパー・BESの起死回生

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SWANKY SWIPE、SCARSなど、日本のヒップホップシーンに名を残すユニット・クルーに所属し、ソロMCとしても天才的な表現を見せつけてきたラッパー・BES。ドラッグで二度の逮捕/服役を経て、シーンに帰還し、待望のニューアルバム『THE KISS OF LIFE』を完成させた。現状を打破するような、起死回生の一作となるか!?

そんな作品と彼が歩んできた濃厚な人生に迫るべく、今年で20周年を迎えたクラブ「Ikebukuro BED」に協力してもらい、インタビュー撮影を行った。質問に何事も隠さず語る、誰にも真似できない人生。それはストリートのリアルをヒップホップで表現し続ける者の宿命なのかもしれない。



―BESさんは90年代後半からずっと東京という街でヒップホップをやっていますが、SWANKY SWIPEはいつぐらいからスタートしたのですが?

BES:いろいろと名前の変遷があってのSWANKY SWIPEなので。SWANKY SWIPEは今も名前は残していますけど、スタートしたのは俺が19歳のときなので。だからもう19年も前ですね。



―当時はどんなアーティストと共演していたんですか?

BES:いろいろなアーティストと共演していたけど、一番最初から出ていたのは、レゲエダンサーの女の人たちだった。渋谷のClubasiaのイベントに一緒に出たときも、男役でイスに座ってくれないか?みたいなことがあったな。それで当時の彼女に怒られる、ということがありました(笑)。



―そんなことが(笑)。そういえばSCARSにはいつくらいに加入を?

BES:SEEDAとよく遊び始めた頃で、SCARSの人がやっている洋服屋にたまるようになって、一緒にラップや曲を作るようになって。それが2003年くらいですね。



―当時の渋谷・宇田川町まわりはどんな感じだったんですか?

BES:THE BROBUSや練マザファッカーとかいろいろといましたけど、俺は特定の人としか会わないので。あまり人が多いところは行かないし、さっさとどこかに行っちゃうんですよ。G.O.K.君とかにはよくしてもらいましたけどね。



―以前、A-THUGさんに話を聞いたら、当時のヒップホップまわりの人たちはいろいろと刑事事件も起こしていたけど、それもヒップホップだからと言っていましたよ。

BES:俺はなかったですけど、一回、あるメンバーがボッコボコになっていたことがあって。その状態で丸山町の坂を上ってきたんですよ。「大丈夫、何したの?」って聞いたら、「女!」とか言っていて。ウソかホントか分からないですけどね。結構、個人活動が多かったので。毎日一緒に遊んでいたわけではないので。各々でドラッグを売ったり、買ったりとか。そんな感じでしたね。



―バイオレンスな出来事が頻繁に起こっていたと。

BES:でもよっぽどヒドイことをしなければないですよ。ドラッグの売買を本物の人に見つからなければ。見つかると金をとられますけどね。刑務所の中でもそのことで怒られましたし。中野に住んでいるときに一番バーッとやっていたんですけど、中野にいた現役の若い人に、「ダメですよ、次やったら強制搾取ですからね」って言われて。「すみません」って、謝らなければいけないみたいな。

―なんか敬語対応なのが余計に怖いです(苦笑)。それでBESさんはドラッグ関係で二度逮捕、服役されていますが…。

BES:一回目はチンコロです。ドラッグを渡していたやつが俺の名前を言っちゃって。それで俺のところにきたっすね。それが最初の逮捕です。2009年くらいの出来事ですね。それで2回目にパクられたのが2014年です。



―自分でドラッグを止めようという意識はあったんですか?

BES:今は否定しますけど、やりたければやればいいんじゃない、でも気をつけたほうがいいよ、と思いますけどね。でもアイス(覚醒剤)じゃないので。アイスは絶対にやめたほうがいいと思うんです、俺は。でもコカインに関しては、乱用で頭がおかしくなるやつが多いと言われますけど、それは自分の身をもって体験すれば二度とやらないわけで。人は人、自分は自分と思うようになりましたね。



―それは刑務所生活を二回体験したから、そう思うようになった?

BES:そうですね。二回目なんか、刑務官も反省を求めていないので。静かな作業や規律ある生活を求めているだけで。実際に刑務官が言っていましたから。「反省してくれとは言っていない。ただこれを機によく考えて出所していってほしい」と。



―刑務所の中ではどんな生活をおくっていたんですか?

BES:初犯の場合は本物の人たち、怖い人たちがいないので。そういう人たちに気をつかって、やきもきするというよりは、守ってくれる人もいて。でも守ってくれるといっても時と場合によりますけど。

―その間もリリックはずっと書いていました?

BES:全然書けなかったので、書けるときに書いていました。ノート20ページ分くらいしか書いていないです。通算で2年10ヶ月いましたけど。



―書く気にもならなかったと。

BES:そうです。何もやる気にならないですよ。ああ、また今日も作業か……みたいな。



―音楽とふれあう機会はあったんですか?

BES:まあ、ラジオとか。FM新潟とか流れていて。ウィズ・カリファの「シー・ユー・アゲイン」とか流れていましたね。あとキッド・カディと女の歌ものや、EDMのよくわからないやつのとか流れていたのは覚えています。



―この間、あるアーティストに聞いた話なんですけど、「独居房にいたときに、ファレル・ウィリアムスの「Happy」がよく流れていて、全然ハッピーじゃねえよと思っていた」と言っていました。

BES:ははははは(笑)。俺は雑居にいたんですけど、ファレル・ウィリアムがミュージックステーションに出演していたときに、ちょうど見ましたよ。



―テレビも普通に見れる時間があるんですね。

BES:毎日、19時~21時はテレビを見ることができるんですよ。



―CDとかで音楽を聴いたりはできるんですか?

BES:それは一流にならないと無理です。懲役でも10年とか、10年未満でもちゃんとつとめていないとなれない、一番上の位があるんですよ。一番高い位の人は、あんパンと弁当とCDプレイヤーが。



―支給されるんですか?

BES:いや、買えるんです。自分のお金で。3類というのになると、お菓子が月に一回、500円分食えるんです。でも外で買ったら明らかに400円分くらいだろうって量でしたけどね(笑)。



―(笑)。刑務所に入っている期間、ヒップホップというものはやっぱり自分の支えになりましたか?

BES:ずっと想っていましたよ。自分の中ではある程度、心を決めてやっているので。それは変わらないです。下手したら入る前から決めていたのかもしれない。時間を決めてやろうって。やっていくものは時間を決めて、振り絞ったらやめよう、みたいな。だから結構スムーズに書けたんだと思います。ずっとやるんだったら、だらしなくなっちゃうけど、ここは踏ん張って書かないと次につながらない、やる意味がないなと思ったら、自然とペンが走ったり。本当に正直に書くようにしているので、特に苦労はなかったです。リリック帳を忘れて、電車を往復したくらいかな、苦労といえば(笑)。



―そこまでは正直じゃなかった面も?

BES:やっぱりカッコつけていたところがあったのかな。ラッパーはカッコつけるもの、という面もあるけど、俺は等身大がいいので。カッコつけすぎると後で言われるので。それを身をもって体験した。今はそういうことがないように心掛けています。



―曲を作りたい、という衝動はずっとありましたか?

BES:それはずっとですね。出所してから1ヶ月後くらいにはやっていましたから。ある日、MC漢くんから電話かかってきて、「いま何やってんだ?レックするぞ」って。それでスタジオに連れて行かれて、6時間くらい入りましたけど、何ひとついいのが録れず、ということもありました。



―それはやっぱりブランクの影響で?

BES:そうですね。刑務所の中では歌も歌えなかったし。再犯は鼻歌くらい歌っていても大丈夫なときがありますけど、見つかると怒られる。



―ブランクはレコーディングなどの荒療治で克服していったと?

BES:そうですね。自然治癒、という感じでしたね。リハビリしないと無理だなと。体が覚えているだろうと思ったけどダメだったので、一から作り直した、という感じです。そこが大変でしたね。声が思うように出ないことも未だにありますし。今までどおりになるのか、また別のスタイルになるのかは別として、今やっている時点ではまだまだですね。

―なるほど。それと最近のフリースタイルラップブームですが、どういう風に見ていますか?

BES:いいんじゃない、やっておけば、という感じですね。例えばひと昔前のアメリカでジン(一世を風靡したアジア系アメリカ人ラッパー)がフリースタイルのチャンピオンになって、映画出演や金持ちになった。そういうのを夢みてやってもらってもいいと思うんですけど、聴くに堪えないのもいたので。作品を聴いてみて、フリースタイルはうまいのかもしれないけど、ヒドイなって。軽くひきましたよ、ヒップホップの流儀じゃない。フリースタイルがうまいからといって、曲がカッコイイとは限らない、ということですよ。



―BESさんも昔はUMB(ULTIMATE MC BATTLE)とかに出ていましたけど、今のフリースタイルバトルには出る気にならない?

BES:今のフリースタイルってなんかやり方が違いますね。自分の曲をカッコよくしようということをやりながら、フリースタイルをする、ということをしていないので。自分のまわりの人たちはそれをちゃんとやっている。片方に集中しているだけではなく、全部いっぺんにやっているので。両方やらないとカッコよくならない。えらそうには言えないけど、何人が罠に落ちていくのかなって。怖っ!って。でも文化として楽しむのはいいと思うので。素晴らしいと思うので。それ以外のことを言わせていただくなら、という感じです。



―そして今回リリースしたアルバム『THE KISS OF LIFE』ですが、いつくらいから制作を?

BES:出所してからずっとやっていましたね。トラック集めとラップ録り始めていました。昨年の4月に出てきて、その3ヶ月後くらいから。



―タイトルですが、起死回生という日本語からイメージを膨らませたとか。

BES:もう一回巻き返しというか、もう大丈夫だよ、という意味を込めて。そっちの意味から調べていったら英語になった感じ。



―今作で完全復活ですね。

BES:これで気分上々になってもらえれば。ちゃんと作品を作れば売れるんだなと思っているので。人によってはすごくいい、と思ってもらえる作品だと思うので。



―それでは最後に、自分の人生を客観的に見てみると、どんな人生だなと思いますか?

BES:どうしようもない人生だと思いますよ。もう一回やるなら、ちゃんとやったほうがいいなと思いますよね。それは普通にサラリーマンをやってとかではなく、変なことをするにしても、もっとちゃんとやっておけばよかったなって。でもそれだと今の俺はないかもしれないので、よしとします。



- Profile -

BES 1978年生まれ

ヒップホップユニット、SWANKY SWIPEのメンバーとして90年代後半より東京で活動を始める。A-THUGやSEEDAなどが所属したクルー、SCARSの一員としても活躍。ソロMCでも卓越したスキルから繰り出されるフロウ、ストリートのヒリヒリとした空気感を表出させるようなリリック&トラックの世界観で、多くのコアなヘッズを唸らせている。今までに2枚のソロアルバムやミックスCDなどをリリースし、今作『THE KISS OF LIFE』は3rdアルバムとなる。

YouTube Link
アルバム『THE KISS OF LIFE』

ILL LOUNGE 発売中



REPORTER:JUN NAKAZAWA  

PHOTOGRAPHER:Daiky As TOSATSUMA

SPECIAL THANKS:Ikebukuro BED


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